
厚生労働省は4月15日、職場における熱中症対策を罰則付きで事業者に義務付ける省令改正を公布した。施行は2025年6月1日。これにより、高温下で作業を行う職場では、従来の「努力義務」から一転し、違反時には6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性がある。
熱中症による労働災害の発生が後を絶たない中、厚労省が分析した死亡事例では、初期症状の見逃しや対応の遅れが致命的な結果を招いていた。義務化の背景には、異常の早期発見と重症化防止の徹底を促す狙いがある。
深刻化する熱中症被害――救急搬送者数は過去最多に
近年、国内での熱中症による被害は深刻さを増しており、すでに社会的課題の一つとして位置づけられている。
総務省消防庁の統計によれば、2024年(令和6年)の5月から9月の期間において、熱中症による救急搬送者数は97,578人に達し、調査開始以来で最多を記録した。前年の同時期(91,467人)と比較しても6,000人以上の増加であり、記録的猛暑が人々の健康に大きな影響を与えたことが分かる。
年齢別では、高齢者(65歳以上)が全体の57.4%(55,966人)を占め、次いで成人(18~64歳)が33.0%(32,222人)、少年(7~17歳)が9.0%(8,787人)となっている。特に高齢層におけるリスクの高さが顕著である。
症状の重症度別では、軽症が多数を占める一方で、死亡者数も120人に上っており、熱中症が命に関わる疾患であることを改めて浮き彫りにしている。
また、日本救急医学会も、近年の熱中症による年間死亡者数は1,000人を超える水準が続いているとし、重症例への対応の遅れや、対策の不徹底に警鐘を鳴らしている。さらに、環境省は気候変動の進行によって今後も平均気温の上昇が見込まれ、熱中症のリスクは中長期的に高まっていく可能性があると指摘している。
事業者に義務付けられる熱中症対策の3つの柱
こうした深刻な状況を踏まえ、厚労省が義務化した対策は次の3点である。
- 通報体制の整備
熱中症の疑いがある労働者を速やかに報告・対応できるよう、連絡先と担当者を事業所ごとに定める。 - 対応手順の明確化
異常が発生した際の離脱、冷却、医療機関への搬送等の手順を、事業所ごとに文書化・整備する。 - 労働者への周知徹底
策定された対策内容を、全労働者に明確に伝え、理解・実践を促す体制をとる。
対象となるのは、暑さ指数(WBGT)28以上、または気温31度以上の環境で、1時間以上の連続作業、または1日4時間超の作業を行う事業所とされる。
特に重要な熱中症対策――効果的な5つの実践策
職場での熱中症予防には、環境面と人的対応の双方からのアプローチが欠かせない。以下は、厚労省のガイドラインや専門家の見解を踏まえた、特に重要な5つの対策である。
1. 作業環境の温湿度管理
高温多湿な環境では熱中症リスクが急上昇する。WBGT計の設置と定期測定を義務化し、作業中断や冷房・送風設備の導入などでリスクを抑える。
2. こまめな水分・塩分補給
水だけでなく、ナトリウムなどの電解質も補給できる飲料の提供が推奨される。休憩時だけでなく、作業中にも定期的な補給時間を設けることが重要だ。
3. 作業前・作業中の体調確認
始業時の体調チェックリストや、本人・周囲による症状観察を習慣化する。異常があれば即座に中断し、冷却・医療措置を優先する。
4. 段階的な作業慣れ(暑熱順化)
新規入職者や長期休業明けの労働者には、急激な作業負荷を避け、数日かけて段階的に体を慣らすプロセスが不可欠である。
5. 教育と訓練による意識向上
年1回以上の熱中症対策研修の実施に加え、症状発見時のロールプレイや避難訓練を通じて実践力を養う。
熱中症対策を後押しする支援制度と補助金一覧
熱中症対策の義務化が進む一方で、国や自治体は事業者や地域団体の取り組みを後押しする補助金制度も整備している。以下に主な制度をまとめた。
■ 熱中症対策に関する支援制度一覧
①支援・補助金名 | ②金額 | ③申請期間 | ④その他 |
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エイジフレンドリー補助金(厚生労働省) | 上限100万円(補助率1/2) | 例年5月頃~受付開始(年度により異なる) | 60歳以上の労働者を1人以上雇用する中小企業が対象。空調服や休憩所整備に活用可。 |
業務用施設における省CO₂化・熱中症対策等支援事業(環境省) | 最大4,000万円(補助率1/3) | 年1回程度、環境省サイトで公募 | 高効率空調やクーリングシェルター等の導入支援。ZEB関連施設も対象。 |
熱中症予防モデル事業(環境再生保全機構) | 事業により異なる | 随時(地方公共団体の公募に応じて) | 自治体と地域団体による連携事業が対象。地域特性に応じた対策を支援。 |
エアコン購入補助金(自治体独自) | 1万円~10万円程度(自治体により異なる) | 自治体により異なる(春~夏に集中) | 熱中症対策や節電対策として支給。申請方法・対象者・金額は自治体ごとに異なる。 |
厚労省は今後、有識者による検討会を設置し、さらなる対策の強化や実効性向上に向けた議論を進める方針を示している。企業にとっては、労働安全衛生の観点からも「命を守るマネジメント」が問われる局面に入ったと言える。熱中症はもはや季節的な健康問題ではなく、気候変動・高齢化社会と深く結びついた「構造的リスク」として認識されつつある。